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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)4847号 判決 1956年10月08日

原告 旺山清市

被告 国 外一名

訴訟代理人(国) 岡本拓 外一名

主文

一、原告の請求を棄却する。

二、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「被告等は原告に対し各自金百万円、及びこれに対する昭和二十九年六月六日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払うことを要する。訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、その原因として、(一)、原告(大韓民国人)は昭和二十二年三月十日訴外株式会社岡埜栄泉堂からその所有の貨物自動車(ニツサン一九四二年式、三方開、車輌番号四〇八八号、車台番号〇二一八〇一〇二一八二号、機関番号〇二一八〇一〇三九六五号)を買受け所有していた。(二)、しかるに被告国の委任を受けて「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」に基く国の職務を執行していた当時の被告静岡県の県知事小林武治、同県富士地方事務所総務課長芦沢嘉彦等は右自動車を団体等規正令に基く解散団体たる在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会所有の財産であるとして次の如くこれを国庫に帰属せしめる接収手続を行つた。即ち(イ)昭和二十四年九月九日右芦沢は原告に対して本件自動車を右の理由により接収する旨口頭で告知し、(ロ)同年十月三十一日右県知事は前記政令第六条に基き右自動車について原告に対し保全命令を発し、(ハ)二十五年七月七日右自動車を県知事の直接占有に移した。之は本件自動車の所属関係を誤つたもので右接収処分手続は違法な公権力の行使である。(三)尤も原告は本件自動車について昭和二十二年四月十八日一件書類を添え原告名義で右県知事宛の自家用貨物自動車新規使用承認願、及び自動車登録届を当時の取扱いに従い富士南部自家用自動車組合に提出したが、右書類がその後所轄吉原警察署に回付されたところ、担当係官鶴見富士雄は当時燃料統制の関係から自家用貨物自動車の個人所有及び使用が許可され難い実情にあつたので原告の便宜を計り右願及び届の申請名義人たる原告の肩書として「大日本朝鮮人連盟静岡県富士分会代表者」と書加えた上、これを県に送付したため、本件自動車については右分会名義で使用承認を得、登録が為されている。(四)しかし右の如き事情であつても前記接収処分手続を為したことについては次の点で過失がある。即ち(イ)前記二十四年九月九日当時、本件自動車は在日本朝鮮人連盟富士分会の事務所所在地になく原告の車庫にあつたものであり、且右自動車の車体にはローマ字で原告の氏名を記載してあつた。従つて前記芦沢は当然本件自動車の所有権の帰属について疑問をもち原告に質すべきであつた。しかるに同人は何等かようなことをせず、右自動車備付の自動車検査証に「大日本朝鮮人連盟富士支部」なる記載があることのみを理由として前記分会の所有と速断した。(ロ)原告は前記接収告知を受けて以来屡々輝岡県知事宛、本件自動車が前記の如く分会名義に登録されている前記経緯を述べ原告の所有であることを証明するに足る書面を添えて本件自動車の接収解除方を申請した。よつて右知事は関係職員をして右申請につき調査の義務を尽さしめるべきであるのに拘わらず之を怠り前記接収処分手続を続行した。(五)前記接収処分手続は前記公務員が前記の如く被告国の委任に基きその機関たる地位において為したものであり、且被告静岡県は右公務員の俸給給与を負担するものであるから被告国、同静岡県は右公務員の前記過失ある違法な公権力の行使によつて原告が蒙つた本件自動車の当時の価格相当金百万円の損害を賠償すべきである。よつて被告国及び静岡県に対し右金額及び之に対する本件訴状が被告等に送達された日の翌日である昭和二十九年六月六日以降右完済まで年五分の割合による遅延利息の支払いを求めるため本訴に及んだと述べ被告等の主張に対して、(一)前記政令が連合国最高司令官の指令に基き制定されたものであつてもこれに基く接収処分は右政令の執行行為であるから公権力の行使に該る。(二)本件損害賠償請求権は平和条約発効前においては行使し得ない状態にあつたものというべきである。従つて右権利の消滅時効は右条約の発効の日たる昭和二十七年四月二十八日から進行するから未だ完成していないと述べ、

被告等は主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として、(一)静岡県知事小林武治、同県富土地方事務所総務課長芦沢嘉彦が「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」に基く国の職務の執行として、本件自動車につき主張の団体の所有財産と認定し主張の日時主張の如く接収処分手続をとつたことは認めるが右自動車が原告の所有であることは否認する。(二)原告が右自動車について、当初原告名義で主張の如く使用承認願及び登録届を提出したこと、及び右自動車の使用承認、登録が主張の分会名義で為されていることは認めるが、吉原警察署担当係官が主張の如く壇に名義変更の記載をしたことは否認する。右係官が原告に対し個人名義で自家用自動車を所有使用することの許可され難い旨を説明したところ原告は自ら主張の如き名義に変更したのである。(三)仮に本件自動車が原告の所有であるとしても前記各公務員に過失はない即ち(イ)前記芦沢が本件自動車検証のみによつて前記分会の所有と認定したことは認めるが右の段階においては右の認定方法で十分である。(ロ)原告から接収解除の陳情が為されたことは認めるがこれに対し被告等の職員は十分なる調査を尽した。その結果自動車検査証、吉原警察署長の副申書、使用承認願、登録届、使用認書が何れも前記分会名義となつており、且自動車税が右分会から納入されていたので本件自動車が右分会の所有であることを確認したのである。(四)本件接収処分手続が国家賠償法第一条の「国の公権力の行使」に該るとの主張はこれを争う。即ち、本件接収処分の根拠となつている前記政令上の措置は連合国最高司令官の所謂直接管理に基き為された処置である。従つて前記公務員の為した接収処分手続は連合国最高司令官の執行機関たる地位において為したものであつて我国固有の統治権に基く行為ではないから「国の公権力の行使」に該らない。と述べ、抗弁として仮に原告が本件損害賠償債権を取得したとしても右債権は三年の消滅時効によつて既に消滅した。と述べた。

<立証 省略>

理由

一、被告国の委任により「解散団体の財産の管理及び処分等に関する政令」に基く国の職務を執行していた被告静岡県の県知事小林武治及び同県富土地方事務所総務課長芦沢嘉彦等が原告主張の本件自動車を団体等規正令に基く解散団体たる在日本朝鮮人連盟富士分会所有の財産と認定しこれについて主張の如く接収処分手続をとつたことは当事者間に争いがない。

二、右自動車について当初原告名義で自家用貨物自動車新規使用承認願及び自動車登録届が所轄吉原警察署に提出されたこと及び右自動車の新規使用承認、及び登録が大日本朝鮮人連盟静岡県富士分会名義で為されていることは当事者間に争いがない。

右の争いのない事実と、成立に争いのない乙第六、七号証、甲第六号証の二乃至四、証人杉山政雄の証言右証言によつて成立を認め得る甲第六号証の一及び五、証人鶴見富士雄、林一甲、加藤新吉の各証言、原告本人の供述、右供述によつて前示接収前の本件自動車の写真であることを認め得る甲第九号証とを綜合すると、原告は昭和二十二年三月十日頃訴外株式会社岡埜栄泉堂から本件自動車を買受け、当時の富士南部自家用自動車組合長であつた行政書士大塚鉄太郎に登録等の手続方一切を委頼した。右委頼により同人は原告名義で自家用貨物自動車新規使用承認願及び自動車登録届を作成し一件書類を添えて同年四月十八日付を以て前示の如く所轄吉原警察署に提出した。ところが当時燃料統制の関係から個人で自家用自動車を所有使用することが許可され難い事情にあつたので同署の担当係官鶴見富士雄が大塚に対し右事情を話し且右書類には他にも不備な点があつたのでこれを補正するよう指示した。大塚はこれを持戻つて原告の承認をえた上前記使用承認願及び登録届の原告名に「大日本朝鮮人連盟静岡県富士分会代表者」なる肩書を附加記載し且前記不備を補正して再び之を同署に提出したところ受理された。その為本件自動車については前示の如く右分会名義で使用承認、及び登録が為された。原告は当時前示在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会の会員ではあつたけれどもその代表者ではなく、又本件自動車を右分会に譲渡したこともなく、前示分会名義はもつぱら使用承認を得、登録を了するための便宜上これを使用したものであることが認められる。原告本人は前示使用承認願及び登録届の前示分会名義の肩書は担当係官たる前記鶴見が壇にこれを記載した旨供述しているけれども右証言は前掲証人鶴見富士雄、杉山政雄の各証言及び乙第六、七号証の記載に照らし措信しない。

右認定事実によると本件自動車は前示接収手続の為された当時実質上は原告の所有に属していたものといわねばならない。

尤も原告について、乙第一号証(副申書)には静岡県朝鮮人連盟富士分会事業部の代表、乙第九号証(復命書)には朝鮮連盟静岡支部事業部代表、甲第二号証の八(使用承認願の添付書面)には静岡県朝鮮人連盟富士支部の事業の代表なる各記載があるけれども、右各書面はその記載自体からしては本件自動車登録の申請者を右連盟若しくは原告の何れとして記載しているのか必らずしも判然としないものである。又乙第三、四号証によると本件自動車の自動車税は在日本朝鮮人連盟静岡県富士支部名義で納入されていることが認められるけれども原告本人の供述及び証人加藤新吉の証言を綜合すれば右税金に関する手続は前示の如く本件自動車登録の前示経緯を知つている前記富士南部自家用自動車組合がこれを代行していたため事実は右組合を介して原告が右税金を納入していたものであつて右連盟は右の如き税金が自己名義で納入されていることを関知していなかつたものと認められる。又乙第五号証の一(自動車車輌検査申請書)には申請者として原告の肩書に大日本朝鮮人連盟静岡県富士支部なる記載があるけれども右申請の申請名義人は該自動車の登録名義人と一致しなければならないから右登録が前示の如く右連盟名義で為されている以上右申請も同一名義で為されたものと認められる。従つて右各証によつても前記認定を覆えすに足らず、その他右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、前記芦沢が本件自動車を解散団体たる在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会所属の財産として接収告知を為す際、右自動車の自動車検査証に大日本朝鮮人連盟富士支部との記載あることのみを以て右の如き認定をしたものであることは当事者間に争いがないが、その際関係者から異議の申出でも為されれば格別、当時原告が不在で右接収に立会わず異議の申出等の為されなかつたことは原告本人の供述によつて認められるから、仮に右自動車が当時原告方にあり且車体に原告名が記載されていたとしても、右認定に過失はないものというべきである。

右接収告知后原告が被告静岡県に対し本件自動車が原告の所有であるとして接収解除方の陳情をしたことは当事者間に争いがない。右争いのない事実と証人加藤新吉の証言、原告本人の供述、成立に争いのない甲第一号証の一、二、右証言によつて成立を認め得る同号証の三乃至八を綜合すると原告は前示接収告知を受けた后昭和二十四年九月十五日頃前示名義変更前の当初の原告名義の登録届及び使用承認願並びに右申請に添付した一件書類の控の写を添えて被告静岡県に対し本件自動車は便宜上連盟名義で登録、使用承認を得たものであり真実は原告の所有である旨述べて接収の解除方を陳情したのを始めとしてその后屡々口頭で同様陳情に及んだことが認められる。

而して、証人芦沢嘉彦の証言、成立に争いのない乙第三、四号証によれば原告から前示の如き陳情が為されたので被告静岡県の係官等は本件自動車の自動車税を調査したところその結果これが在日本朝鮮人連盟静岡県富士支部名義で納入されている事実を確認したことが認められ、且つ当時の干係書類たる吉原警察署長の副申書(乙第一号証)使用承認願(乙第六号証)自動車登録届(乙第七号証)使用承認書(乙第八号証)等も当然調査された事が推認出来るのであるが、之等の書類から原告の陳情の趣旨を肯認し得られない事は明であり、唯、本件自動車の、譲渡干係の書類としては原告が其の前主訴外株式会社岡埜栄泉堂より原告個人名義の譲受証書を前記干係書類に添付したのみであつた事を前記芦沢証人の証言によつて窺い知る事が出来るけれども之は本件に於ける重大な手続上の欠陥とはなり得ないのみならず此の事実のみによつて直に前示原告の陳情の趣旨を肯認する事も出来ない事は言う迄もない。そうとすれば結局被告静岡県の係官等が原告の陳情を容れず本件自動車を在日本朝鮮人連盟静岡県富士分会所有のものとして接収手続を維持継続したことに過失はないものというべきである。

蓋し、原告は前示連盟富士分会の代表者として本件自動車の使用願及び登録等を為して居るのであるから本件自動車の所有権も亦当然右訴外連盟にある事を県当局に対して認めたものであり、然も、后に至つて原告が右は単に名義を借りたもので自動車の真実の所有者は原告であると同じ県当局に対し主張する事は前申請の趣旨に反し容易に許される所ではないのみならず、前示陳情を受けた県当局としては前記の調査を為せば十分であり夫れより更に進んで実体上の調査を為す義務は存在しないからである。

四、よつて原告の本訴請求は損害賠償の原因において理由がないからその余の主張について判断をせず、これを棄却する。

五、訴訟費用負担の裁判は民事訴訟法第八十九条による。

(裁判官 安武東一郎 鳥羽久五郎 内藤正久)

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